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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)749号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浦野雅業の上告理由について。

原審の確定した事実関係によれば、訴外竹田助三郎は昭和一五年六月本件土地を被上告人に譲渡し、その所有権移転登記を経由したこと、その後昭和二〇年五月戦災により登記簿が焼失し不動産登記法二三条に基く回復登記に関する告示があつたのに、被上告人はその回復登記の期間を徒過したこと、訴外竹田助三郎は昭和二八年六月右土地につき自ら所有権保存登記をなし、これを上告人に売買による所有権移転登記をなしたこと等の各事実が認められる。論旨は、右事実関係の下に原判決が被上告人の上告人に対する登記抹消の請求を認容したのは、登記の対抗力に関する法令の解釈を誤つた違法があると主張する。

しかし、本件土地は、被上告人がさきに所有権を譲受け、その取得登記を経由したことによつて、所有権は内外共に完全に被上告人に移転し、譲渡人たる訴外竹田助三郎は、絶対的に無権利者となつたものであることはいうをまたないところである。

そして、その後登記簿が滅失し被上告人は回復登記の期間を徒過したため、その所有権が将来に向つて未登記状態にあることにはなつたが、そうかといつて過去に遡つて未登記状態になつたもの即ち未だかつて登記がなかつたものと同視しなければならないとする理由はない。けだし不動産登記法二三条は回復登記期間の徒過により所有権登記の対抗力も消滅する趣旨を含むと解することはできないのみならず、かつて排他的物権変動の効力により絶対的に無権利者となつた元の譲渡人が、現所有者の回復登記期間徒過の一事により再び実体上の権利を回復することになるような物権変動の効果を認むべき根拠は存しないからである。

すでに、元譲渡人の訴外竹田助三郎が依然として無権利者たる地位にあるものと解される以上、同人のなした所有権保存登記は実体上の権利に符合しない無効のものであり、上告人はかかる無権利者から譲受けたものであるから、本件土地につき所有権を取得するに由なく、また上告人は有効な取引関係に立つ第三者というを得ないから、被上告人の登記の欠缺を主張し得る正当な利益を有する第三者に該当しないものと解するを相当とする。従つて被上告人の請求を認容した原判決は正当であつて、所論はすべて採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官藤田八郎、同奥野健一の少数意見を除き、全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の少数意見は次のとおりである。

不動産登記法二三条が、登記簿の滅失した場合に、一定期間内に回復登記申請をした者に限つて、旧登記簿における順位を有すべきことを許した趣旨は、反面よりいえば、回復登記の申請を怠つた者は、旧登記簿における順位を失うことを意味し、また、そのことは旧登記簿における登記の対抗力をも失うことを当然の前提としているものと解する。けだし、登記の対抗力を離れて、その順位の保持は考えられないからである。そして、その登記の対抗力は、抵当権その他の制限物権のみならず、所有権についても、これを失うものと解すべきであるから、本件においては、被上告人は回復登記申請の懈怠により旧登記簿における所有権取得の対抗力を失つたことになり、従つて、被上告人の所有権の取得を否定し、所有権は依然旧所有者たる訴外竹田助三郎に存するものとして、同人より所有権の譲渡を受け、その取得登記を経た上告人は、被上告人の所有権取得登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に該当するから、被上告人の上告人に対する本訴請求は理由がないものと断ぜざるを得ない。なお、被上告人は既に所有権取得登記を了していたのであるから、その登記簿が滅失しても、その登記の対抗力は永久に消滅しないと論ずることは、不動産登記法二三条を無視する議論であり、また、かかる規定のない場合、例えば、登記官吏の過誤その他の事由により不当に登記が抹消された場合又は偽造文書等により抹消登記がなされた場合は、登記簿の滅失の場合と同一に論ずることを得ないことはいうまでもない。然らば、被上告人の本訴請求を認容した第一審判決及びこれを支持した原判決は、ともに破棄を免れないものである。

藤田裁判官の少数意見は次のとおりである。

自分は奥野裁判官の少数意見に同調するものであるが、左にいささか私見を附加する。

本件事案の実体は、被上告人(原告)は昭和一五年六月本件土地を買受け所有権取得の登記を経たのであるが、昭和二〇年五月裁判所出張所が戦災にかかり、登記簿が焼失したにかかわらず、被上告人は当時の不動産登記法二三条に基いて司法大臣が告示した昭和二〇年司法省告示三一号、同二一年同七九号所定の期間を徒過し、前記回復登記を申請しないで放置していた。(右期間経過後でも、被上告人は実質上の権利者として新な登記をすることができる-昭和三一年一〇月二三日当裁判所第三小法廷判決民集一〇巻一二七五頁-にかかわらず七年余の長きに亘つて無登記のままに放置した)そこでさきに被上告人に本件土地を売渡した前主は土地台帳上なおその所有名義になつていたのを利用して、昭和二八年一月右土地を上告人(被告)に売渡し、(此点において、この前主は非難されるべきである)同年六月一旦自己に所有権保存登記をした上、上告人に所有権移転の登記をしたというのである。このような場合、多年に亘つて登記を怠つていた被上告人と登記簿の記載を信じて所有権を取得した上告人といずれを保護すべきか、登記制度の本旨から云つて問題のないところではあるまいか。

多数意見は「登記簿が滅失し被上告人は回復登記の期間を徒過したためその所有権が将来に向つて未登記状態にあることになつた」ことをみとめている。とすれば、未登記状態になつた後に、その土地について取引関係に入つた正当な第三者に対しては、被上告人はその所有権取得をもつて対抗することができないのではないか。これをその第三者の側から云えば被上告人の所有権取得を否定することができる。その結果は、対第三者の関係としては、-多数意見のいう実体関係はともあれ-被上告人の前主は完全にはその所有権を喪わない、依然としていわゆる関係的所有権者であるということにならざるを得ないのであつて、換言すれば被上告人はその第三者に対しては、右の前主が、多数意見のいうような絶対的な無権利者であることを主張できない関係に立つのではあるまいか。多数意見は回復登記期間徒過の一事により無権利者が再び実体上の権利を回復するわけがないという。しかし無権利者が実体上の権利を回復するというのではない、無権利者であることを対抗することができなくなるというのである。ことは、権利の実体の問題でなく、物権変動の対抗力の問題である。不動産物権変動の対抗力は原則として登記(登記簿の記載)の存続を要件とする。多数意見は、現に登記簿上に記載のない権利の取得、ひいては、前主の権利の喪失をもつてどうして登記の記載を信じて取引関係に入つた第三者に対抗できるかの根拠を示さなければならない。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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